『日本語ラップ起源

 これから全5回でヒップホップの歴史について書いていこうと思う。内容的に専門的にならないように書いたつもりだ。ちょっとでも興味のある人は気軽な気持ちで読んでもらえればと思う。

■日本でヒップホップが生まれた時はいつなのか?

 日本で最初にラップをやった人は誰だろう?

 私は志村けんが、全員集合でやっていた「生麦 生米 生卵」ではないかと思う。

 でも、一般的には「いとうせいこう」と「近田春夫」だと言われている。

 いとうせいこうはテレビの「未来日記」に出ていたマッシュルームカットに眼鏡の人である。近田さんは初期の「浅ヤン」なんかに出ていた生意気そうな金髪のおっさん、現在は音楽評論家である。

 二人ともかつては時代の最先端にいた人である。彼らはアメリカで生まれたラップを「新しい音楽」として仕入れ、そしてそれを日本語で行った。

 それが1985年のことだった。

■ラップの始まり

 ヒップホップの起源が何なのか? 発生はアメリカである。だが、私は洋楽は詳しくないので、あまり知らない。だから大ざっぱに知っていることだけを伝える。

 ヒップホップを最初に生み出したのは、クール・ハークという人である。彼はあるレコードの特定の部分のブレイクに注目。あるブレイクから次のブレイクへと次々に繋げていった。そこで新しい音楽が生まれた。

 やがて、それを披露するブロック・パーティーと呼ばれるパーティーが行われるようになる。そのパーティーにおいてDJのプレイを盛り上げるためにMCが生まれ、それがラップに変わって行った。同時にこれまでに無い動きをするブレイク・ダンスも加わった。そこにグラフティ・アートが加わって、ヒップホップの4大要素が揃う。

 こうした活動の中から何人かの有名人が生まれた。だが、一方で彼らが生み出した音楽はあくまでパーティーを盛り上げる音楽でしかなかった。つまり、音源としてテープはあったが、レコードは無かった。

 だが次第に拡がりを見せるヒップホップに注目した音楽業界の人間が、ギャング達の作り出した音楽をレコードにした。

■ようやく日本へ

 ストリートで生まれたヒップホップで最初にヒット曲を生み出したのが「ランDMC」であり、彼らが来日したのが86年であった。

 少し日本での時間を遡ろう。

 83年末には、ヒップホップカルチャーがぎっちりと詰まった映画『ワイルドスタイル』が日本で上映された。DJ、ラップ、ブレイクダンス、グラフティの全てを紹介したドキュメンタリータッチの映画だった。それは一部の業界人にそれなりのショックを与えた。

 その下地があったうえで、86年にはランDMCが来日し、ここで日本全国にラッパーやDJが急増する。

■メディアの話

 メディアにおける黎明期の動きについて触れる。ランDMC来日の翌年から近田春夫が「宝島」「週刊プレイボーイ」などの雑誌でヒップホップを紹介。特に宝島は当時、音楽の最先端を紹介する雑誌であり、音楽に敏感な若者はテクノに続くダンスミュージックとして、ヒップホップに注目するようになる。

 また80年前後に、現在のクラブのはしりで初期の段階でヒップホップを紹介していた「ピテカントロプス」というお店に集まっていた面子。高木完、藤原ヒロシらが88年にヒップホップレーベル「メジャー・フォース」を立ち上げる。

■ホコ天の話

 ここで、もう一方のサイドストーリーを紹介しよう。かつて、原宿の歩行者天国は音楽活動の中心地だった。そこでは様々なバンドマンが演奏し、様々な音楽が鳴り響いていた。その場所で当時は珍しいDJプレイを披露していたのが、「B・フレッシュ」だった。メンバーはベル、DJクラッシュ、クラッシュの弟のバンクの3人。

 彼らがホコ天で活動している時に遊びに行ったのが、後にヒップホップ界で中心的な役割を果たす、MURO(ムロ)。MUROはそこでB・フレッシュと仲良くなり、「ガタイが良いから」という理由でセキュリティとして彼らと行動を共にするようになる。

 これがやがてクラッシュポッセ、そして92年に結成されたマイクロフォンペイジャーへと繋がっていくが、それは後ほど。

■各地でコンテストが始まる

 87年に「DJアンダーグラウンドコンテスト」という名称でDJ機材メーカー主催のコンテストが行われた。このコンテストにはDJクラッシュの他、ECDやGAKU(イーストエンド)、スチャラダパー、ツイギー、ライムスターの前身ギャラクシーなども出演していた。

■ちょっと整理整頓

 この時点で、もともと音楽業界にいた人が始めたメジャーフォース系、原宿のホコ天で生まれたB・フレッシュ、そしてコンテストの参加者たちという3つの流れがあったことが分かる。

 つまり、ヒップホップというウィルスに感染した人が、まだ当時は少数ながらも同時多発的に動きだしたが、80年代後半だったのである。

 次はスチャダラパー対アンダーグラウンドの話に移る。

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